Lesson4-4 日本における按摩

日本のマッサージ・按摩

西洋でマッサージが広まったことは前回のLessonの通りですが、日本ではどうでしょうか。

日本のマッサージといえば「按摩」です。

たとえ診療を受けたことがなくとも、「押さえる」を意味する按と「撫でる」を意味する摩の組み合わせから、マッサージとよく似た手技療法であることは想像に難くないでしょう。

実際のところ、撫でる、押す、叩くといった手技を用いて、患者の健康を増進するものですので、按摩の根本的な考え方はマッサージと同じと考えて構いません。ただし、以前のLessonで説明したとおり、

  • マッサージは身体の末端から中枢に向かって施術をするが、按摩は身体の中枢から末端へ向かって施術を行う遠心性の施術である
  • マッサージと違って、按摩は直接素肌に触るのではなく衣服の上から施術を行う

という違いがあります。

日本ではマッサージが入ってくるまで、按摩が主流の手技療法でした。したがって、日本におけるマッサージを理解しようとするなら、按摩について考えるのがよいでしょう。

按摩の伝来から興隆に至るまで

按摩は中国から朝鮮経由で入ってきたものとされていますが、実はその歴史的経緯はきちんと判明しているわけではありません。文献を遡れば、日本発の律令である「大宝律令」にその名前が明記されています。

平城京ができる頃にはもう文献に載るほど普及していたわけですから、手技療法としての歴史はずいぶんと長いもので、実際には大宝律令が制定されるよりずっと早くに日本へ入ってきていたのでしょう。鎌倉時代に茶が禅宗とともにやってきたように、仏教や文物と一緒に中国の按摩が入ってきたと考えられます。

しかし、かつて西洋でマッサージが広まらなかったように、日本でも按摩はあまり普及しませんでした。また、指圧には強い力が必要ですが、按摩は男性の仕事ではなく、主に民間の婦女子の仕事として認識されていたようです。按摩は民間療法として緩やかに停滞と発展を続け、平安、鎌倉、室町と、寺院を中心に按摩の技術が継承されていきます。

按摩が再び脚光を浴びるようになったのは江戸時代からのことです。宮脇仲策の『導引口訣鈔』、寛政11年(1799年)藤林良伯の『按摩手引』、文政10年(1827年)太田晋斎按腹図解』など、按摩のための様々な教本が競うように世に出るようになりました。

なにがブームの火付け役となったかは分かりませんが、一説には杉山検校という盲人が弟子たちとともに杉山流という按摩術を広めたことがきっかけである、とも言われています。検校というのは中近世の日本における盲人の最高官位の名称であり、たとえば近代箏曲の父と呼ばれる八橋検校、『和学講談所』を設立した塙検校など、有名な方が大勢いるのですが、杉山検校もまたそのような業績を打ち立てた一人なのです。

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そうして様々な教本が出たこともあってか、江戸時代には客引きとして按摩笛と呼ばれる笛を吹きながら町中を歩き回る流しの按摩が見られるようになったとのことです。

マッサージの輸入と様々な手技療法の流入

しかし、明治時代に入ると、伝統的な按摩の技は次第に廃れていきます。開国をきっかけに、西洋からマッサージの技術が輸入されるようになったからですね。按摩はマッサージの技術を取り入れたものに変わり、それに伴い按摩教育も西洋的なものへと変化していきました。

また、明治から大正にかけて、手技療法の世界に大きな変化が起こりました。アメリカの整体術であるカイロプラクティック、オステオパシー、スポンジロセラピーが日本に伝わり、大正時代にこれらを取り入れたことで、按摩から指圧が派生するのです。

このように徐々に存在感を薄めながらも命脈を保ってきた按摩ですが、戦後にまた大きな転換点が訪れます。日本を訪れたGHQ進駐軍衛生部により、按摩は非科学的で不潔なものとして禁じられそうになったのです。これに対し、日本各地で二ヶ月に渡る猛抗議が行われ、やがて昭和22年にあん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師、柔道整復師等に関する法律が作られることになります(やや長いですが、これが正式名称です)。

(注:この法律は1970年に柔道整復師法が単独法として独立したことにより、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(通称:あはき法)と解明されました)

資格的な側面から見た「按摩」

あはき法制定以後、国家資格であるあん摩マッサージ指圧師免許もしくは医師免許を所持していなければ、按摩を業として行うことは出来ないようになりました。現代では江戸時代にあったような各種流派を名乗ることも許されていません。要するに、国家資格を持つ医者や按摩師でない限りはマッサージの看板を掲げて医療行為を行えないというわけですね。

では実際に人体を触るリンパ&セラピーはどうなのでしょうか。

これに関しては、職業選択の自由の観点から明確に禁止できないとの最高裁判決により、健康を害するようなことがない限り、リラクゼーションを目的とした整体などの医療類似行為は可能とされています。リンパ&セラピーは人体に強い力を加えるようなものではありませんので、その点は楽にクリアできることでしょう。