むくみの正体
靴を選ぶのは夕方が良い、と昔から言われてきました。
実際には、靴を選ぶ際は「夕方」ではなく「その人が最も活動する時間帯」を基準にするのが良いとされています。最も活動的な時間帯に靴が小さ過ぎても大き過ぎても足に負担がかかってしまいます。
ただ、それはそれとして、「靴選びは夕方」にも一部の理があります。人間は丸一日生活すると、足が水分を吸収してむくんでしまい、1cmほど大きくなるのですね。せっかく買った靴が履けないのでは意味がない。そういうことで、昔の人は夕方に靴を買うよう言い伝えたのでした。
このむくみの正体は、血管を通って運ばれた水分が完全に静脈に吸収されず、余った水分が細胞と細胞の間にたまってしまうからだと言われています。同じ姿勢を長時間続けてしまったり、体を冷やす・水分の過剰摂取・寝不足などが原因でそのような症状が発生することが多いのですが、この症状自体はそうひどいものではありません。健康に気をつけて一晩寝たら、すぐに良くなる程度のものです。
ところで、この「水分が静脈に吸収されない」「長時間同じ姿勢」などから別のものを想像しませんか? そう、リンパです。リンパの流れの悪化もまたむくみの原因となります。これをリンパ浮腫というのですが、日常的に発症するものから癌の治療の後遺症として出てくるものまで様々です。
リンパ浮腫の原因
リンパの流れが悪くなるとなぜむくみが発生してしまうのでしょうか。
これは非常に単純なことです。まず、緩やかな川の流れを想像してみてください。想像したら今度は途中で川の幅を狭めてみます。すると川の水は岸辺に溢れてしまいますね。
リンパにもまったく同じようなことが言えて、リンパ管の圧迫や狭窄により流れが悪くなると、リンパ管の内容物であるリンパが外へ染み出てしまうのです。
このとき気になるのが「たんぱく質」です。リンパの中にはアルブミンやグロブリンが含まれるという話は以前のLessonでもお話しましたが、これらのタンパク成分が外に染み出して組織内に蓄積すると困ったことになります。
たんぱく質に熱を加えてみるとどうなるか。これは普段私たちが食べているお肉を想像すると分かりやすいでしょう。ちょっと火で炙れば固く変性してしまいます。リンパ浮腫の場合は体内の熱が原因で変性するわけではありませんが、それに近いことが起こります。染み出したタンパク成分は組織内で変性・繊維化し、その部分の皮膚を硬くしてしまうのです。これがリンパ浮腫です。
癌の治療後にも発生するものですので、リンパ浮腫については少し詳しく見ておいて損はないでしょう。
可逆性・非可逆性
軽いリンパ浮腫ならあまり気にすることはありません。ちょっと揉んでやればリンパは流れていきますので、最初は普通のむくみと同様に「腫れたな」と感じる程度にとどまり、翌朝にはすっかり治っています。これがいわゆる可逆性リンパ浮腫です。
しかし、症状が進むとこのむくみが次第に長時間残るようになります。可逆性があれば非可逆性(元に戻らない)もあるというわけで、皮膚が繊維化して硬くなり、一晩寝ても治らないようになります。これを非可逆性リンパ浮腫と呼びます。
更に症状が進むと、組織が固く変形してしまいます。これが象皮症です。象皮症は一般的にはフィラリアという寄生虫によって引き起こされるとされていますが、リンパの流れが悪化してできたリンパ浮腫が悪化して象皮症に転じることもあるのです。
また、リンパが滞っている場合、免疫を担当するリンパ球の供給量が減っているため、傷口からブドウ球菌などの細菌が侵入して病気になることがあります。皮膚に赤い斑点が出たり、痛みや発熱を伴う蜂窩織炎(ほうかしきえん)という病気になりがちですので、注意しましょう。
むくみへの対策
もしむくみや腫れに悩まされているようであれば、最初に行うべきは生活習慣の改善です。体を冷やさず、しっかり栄養をとり、きちんと睡眠時間を確保する。仕事中も一時間に一回は体のストレッチをするなどして、体中の血行やリンパの流れを改善しましょう。
しかし、それでも治らない場合は、本当にどこかでリンパが詰まってしまっている可能性があります。そういうときのために、リンパ&セラピーの術をきちんと覚えておくと、大事に至る前に対処することもできるでしょう。
もっとも、リンパ浮腫にも遺伝性のものや先に挙げた癌の後遺症として現れるものなど様々ですので、リンパを流しさえすれば常に解決するというものでもありません。リンパ&セラピーによる効果が見込めない場合は、ちゃんと医療機関に診断してもらう必要があるでしょう。
リンパ浮腫治療のために
リンパ浮腫治療に関する状況が大きく動いたのは2008年のことでした。この年に患者教育を目的とする「リンパ浮腫指導管理料」が厚生労働省により設定され、リンパ治療用の圧迫療法に用いる弾性着衣や弾性包帯が医療費扱いになっています。そのため、大手の病院でもリンパ浮腫対策のための様々な治療が行われるようになりました。
保存的治療
古くから病気の治療といえばこれです。保存、とついていますが、病気の状態を長引かせるという意味ではありません。病気になったときにメスを入れるような外科的な治療法に頼らずに治すという意味で、たとえばリンパドレナージュやマッサージ、スキンケアなどがこれに該当します。
スキンケアは皮膚の状態を管理する治療法ですが、主に初期症状への対策であり、リンパ浮腫が進行した場合はあまり効果的ではありません。次に来る治療法がリンパドレナージュです。手のひらを使って患部に軽く触れたり揉んだりすることで、リンパを直接的に流します。
圧迫療法というものも存在します。リンパの流れはリンパ管の弁の状態によって決まることもあるため、体の一部を包帯やストッキングなどで圧迫することで逆流を防いだり、静脈やリンパ管の筋ポンプ作用を活発にしたりする必要があるのです。きつく締め過ぎると鬱血になってしまう恐れもありますが、圧迫と解放を繰り返すとリンパや血液が全身を流れていくのが体感できて、とても気持ちの良い治療法です。
外科的治療
もちろん保存的治療だけでなく、実際にメスを入れる外科的治療も存在します。
たとえばリンパ管と細静脈をつなぐ「リンパ管細静脈吻合術」といった大胆な方法も開発されています。精密な顕微鏡が必要になるため、実際にこの治療法を行える病院は少ないのですが、もし保存的治療で効果が上がらないようであれば試してみるのも良いでしょう。
生活習慣の改善を図ることでリンパ浮腫は予防できますが、もし発生してしまった場合はこれらの対策を上手く取り入れるようにしましょう。